2014/06/15

太極拳と葛藤

近所で、太極拳の無料講習会があるというので、参加してみた。
十年ほど前に、3ヶ月ばかり週1回、楊名時太極拳の二十四式をかじって、一応ひととおりの型をなぞってみたことがある。その時は講習料の高さに尻込みして、結局、遠のいてしまった。

十年のブランクはさておき、この度参加してみたのは、前のとは流派が異なるようで、同じ二十四式とはいえ、ちょっと動いてみて、私は完全なゼロベースにいることを確認した。

以前の教室では、呼吸と理念の話が多く、わからんでも周りの人がやっているのを、見よう見真似でよかったのだが、この度は細かい動きの逐一を指導される。正直、ゼロベースの初心者が、あまり細かいことを指摘されると、やる気が無くなるのである。
細かいことは、大まかな流れを掴んで動けるようになって、動く中で悩むようになってはじめて、微調整が効くものと思うので、まだ悩んでいない先から細かい指摘をされても、こちらに響かないのである。

そのあたり、指導員とのズレを感じつつ、以前獲得した二十四式と、この度の新しい二十四式の狭間で、葛藤していた。

こういった葛藤を、「自分には合っていない」と結論を出して逃げてしまうのが、一般に常道のはずなのだが、私ももう41歳。この歳になると、こういった状況でのこのテ葛藤が、実はひじょうに大事なのではないか、という気がしているのである。

既に出来上がってしまっていて、なかなか修正の効きにくい、頭の固い大人であるからして、何か新しい状況を受け入れて、自分をカスタマイズしていく時の、こういった、えもいわれぬ葛藤を、習慣に流されて怠惰になるほど忘れがちになる。これを忘れた人の放つ言葉は、漫然として、腐臭を放つようになる、ような気がするのである。

そこを回避するためにも、この葛藤の妙味を味わえる状況に身を置く機会を作ろうではないかと、また次回の無料講習会にも参加しようかな、と思っているが、指導員の方が「この人、扱いにくい」と迷惑がりはしないかと、その心配があって、やるべきかやらざるべきかを迷っているところ。

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