2014/05/10

痛みとは何かと思う

半月前、私は高松空港を降りて、シティホテルに泊まった。
私はもう6年以上、家にテレビの無い暮らしのため、この時久しぶりに、ボーっと口をあけて、アホのように、ホテルのテレビを見て過ごしていた。

バラエティー番組で、北斗晶が、出産の痛みを、人生で味わった痛みの二位に格付けしているのを見た。現役時代にリングの上で味わった、数々の過酷な痛みを三位以下に差し置いて、北斗晶にとって、出産の痛みがどれほどのものだったか、という話だった。一位は、リングのコーナーから頭から逆さまに落とされて、頭蓋骨にボルトが入った怪我の痛みだと言っていたと思う。

何というか、しばしば緩和ケアについて、思うところのあった私()は、「痛みとは何か」ということについて、自分の思いを一旦、ゼロベースに戻されたような気分になった。

「痛みを感じているから、自分が生きていると実感できる」

と言う人に、ここへくる直前に出会い、実は私は、あまりその仰る意味がよくわからなかった。私にとって、できれば痛みや苦痛は、遠ざけたいものだからだろう。
だから、自傷ということがよくわからない。自分で傷つけた傷を、人に見せる心情が、よくわからない。ピアスやリストカットなどを、私はしたことがない。

痛みって、何なんだ。なぜ、それほどに痛みを味わいたいのか。生きている実感を味わうのに、それがわざわざ痛みでなければならない意味がわからない。

しかし仮に、痛みのために「生きている実感」が感じられるから、と痛みを求める心情が、誰にとっても共通のものだとすれば、緩和ケアとは一体何で、どうあるべきものなのか。

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