2013/12/22

『たけくらべ』を読んだ

私の中で、一番大きいお札は、一万円ではなく、五千円である。「金持ちになりたければ諭吉は崩すな」と言っている人がいたが、そもそも私は諭吉が嫌いなので、即一葉に崩す。(

今更かもしれないが、樋口一葉の『たけくらべ』を読んだ。青空文庫でも読める。
雅俗折衷体で書かれているため、これは字面を目で追うよりも、音読した方がわかりやすい。それで音読していると、ダンナに「うるさい」と言われ、なかなか先に進まず、いちいち注釈を見ながら、相当な遅読である。

私は恋愛においては、例えば、美しい修行僧に「お坊様、婢女(はしため)でございます」などと近づいていって、「ご婦人、なりませぬ。私は修行中の身ゆえ…」と退けられるようなシチュエーションに、悶え楽しむ性癖()である。これは、樋口一葉も、きっとわかってくれそうな気がする。というか、『たけくらべ』は、そういう話ではないか。

そういう話ではあるが、よく『たけくらべ』の評や解説を見聞きすると、「当時の庶民の姿が活き活きと描かれ…云々」ということだが、確かにそのとおりで、着物の柄や着こなし、四季折々、描写のディティールが濃い。中学の国語で文学史をやった時に、樋口一葉と『たけくらべ』は、名前だけは覚えさせられたが、たとえその頃に読んでいたとしても、やはり今ほど理解はおぼつかなかっただろう。
舞台は吉原遊廓の界隈、ヒロインは将来、廓の女郎になるであろう、しかし未だ、それがどういったものかを知らない、勝気で無邪気な十四歳。

美登利の眼の中に男といふ者さつても怕からず恐ろしからず、女郎といふ者さのみ賤しき勤めとも思はねば、過ぎし故郷を出立の当時ないて姉をば送りしこと夢のやうに思はれて、今日此頃の全盛に父母への孝養うらやましく、お職を徹す姉が身の、憂いの愁らいの数も知らねば…
「お職」とは、吉原最上位の花魁を指した言葉で、この当時は一月あたりの稼ぎ高がもっとも多い娼妓のことと、注釈にある。つまり、美登利の姉は売れっ子だったということ。その姉に、めずらしく島田の髷を結ってきれいにしてもらった美登利も、うすうす、己の運命を察している。
憂く恥かしく、つゝましき事身にあれば人の褒めるは嘲りと聞なされて、嶋田の髷のなつかしさに振かへり見る人たちをば我れを蔑む眼つきと察られて…
何時までも何時までも人形と紙雛(あね)さまとをあひ手にして飯事(まゝごと)許(ばか)りして居たらば嘸かし嬉しき事ならんを、ゑゝ厭や厭や、大人に成るは厭やな事、何故このやうに年をば取る…
と、この美登利の素直な嘆きには、胸の引き裂かれる思いがする。幼なじみの正太も、
だけれど彼の子も華魁(おいらん)に成るのでは可憐さうだと下を向ひて…
とあるから、やはり廓の文化は、「花魁文化のように、庶民が支えた文化の力が大きいのは日本の特徴です」などと、それを誇らしげに語るジジィばかりが喜ぶものらしい。

『たけくらべ』の解説に、日本近代文学成立期の他の女流作家は西洋文化の影響を受けたのに比べて、一葉はその逆で、さらに ”同時代の女流作家たちがいずれも上流階級の人々であったのに対して、一葉は死を迎えるまで貧困に苦しみ…云々” とある。
一葉が貧困で「苦しんだ」かどうか、アカの他人になぜわかるのか、そこらへんをとても不思議に思う。
確かに一葉には、貧困のための様々な感情体験があったには違いない。しかし、それは即「苦しみ」なのだろうか。樋口一葉は、当時からこれだけ高い感受性とリテラシー能力に恵まれていた人である。実際に一葉に会えるなら、訊いてみたいものだ。
美登利の鼻っ柱の強さひとつをとっても、比較されて「苦しんだ」と評されることに、一葉なら異議がありそうな気がしたのだが、気のせいだろうか。

それよりも、一葉と同時代のブルジョア女流作家が何を書いていたのかを見た方が、もしかしたら、一葉が「苦しんだ」と他から思われる原因がわかりそうな気もする。

※関連過去記事
『祇園草子』(2011年年12月12日



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