2013/08/04

夜回りの手伝いの話

掛け持ちでアルバイトをしながら()、ぎりぎり、生活保護を申請することなく、何気に食いつないでいる()。その私のバイト先のひとつが、ホームレスの自立支援もしているNPO()で、その縁あって、私もしばしば、支援団体の人のケツにくっついて、夜回りの手伝いをするのである。

もちろんボランティアで、無給で、自発的に手伝うのである。
ボランティアを強制するワタミ()やら、「口座取引停止させていただきました」と言って、口座にあった数百円をネコババして私腹を肥やす楽天銀行()などと、私は心がけからして違うのである。

さて、夜回りでは、近隣の河川敷で花火大会があるというので、そこで暮らす人に声掛けがてら、おにぎりやお知らせのビラを持って行ったりするのだが、長いこと河川敷の定位置で暮らしておられる方が仰るには、橋ゲタのところにいた「新人」が、今朝方、自転車に大荷物を積んで、東に走り去って行ったとか。どうもその「新人」は、花火大会に気遣って、場所を移動したようであると。

そしてこのところ、子どもがイタズラをしてくるので困っているとか。しかし、近隣住民とのトラブルを避けたいものだから、黙って耐え忍んでいらっしゃるとか。

路上生活者への暴力や虐待と動物虐待は、私の中ではリンクするものがある。こういった、暴力をふるう子どもの退廃を防ぐ手立てを実践できる大人の方が、無力だと感じる。今の世の中は大人も、その自覚なく退廃しているので。
さて、いかにすべきか。

路上生活者の支援団体の人は、近隣の路上で暮らす人の顔と名前を把握している。お互いに自己紹介をしあって、きちんと「顔見知り」になっている。

そうして私は、支援団体の手伝いに行って、路上で生活する人々も、本当に様々だと知る。
生活保護の受給を拒み続ける路上生活者の場合、例えば、彼が繁華街で倒れたとする。
支援団体が、「繁華街で倒れている路上生活者がいる」との通報を受け、119番で彼を病院に搬送し、診断・治療の後、退院すると、また元の倒れていた繁華街に彼を連れて行く、いわば現状復帰ともいえることをする。
支援団体の活動は、感覚としては、野生動物保護の活動に近いものがある。

「なぜ、彼に生活保護を受けさせ、住居を与えないのか、ヒドいではないか」

と騒ぐ向きもあるかもしれないが、この例は、あくまで「生活保護の受給を拒み続ける」人への対応なのであって。

そして、この支援団体のある市町村と無い市町村では、路上生活者への対応の仕方が、雲泥の差のようで、行き倒れになるにしても、どこで倒れるかで、明暗が分かれる。
たまたま、私が今いる地域には支援団体があるが、周辺に隣接する市は、どちらもこれが無い。路上生活者にしてみれば、病気で倒れる時は、市境すれすれ、私の住む支援団体のある方で行き倒れると、まだ人道的扱いを受ける確率が上がる、という。

しかし以前、80代半ばという超高齢路上生活者の方が、支援を受けてアパートに入ったものの、忽然とアパートから疾走し、消息が掴めなくなった。ところが、ある日の夜回りで、その方と出くわし、その方は、

「あんたらの世話にはならん、オレのことは放っておいてくれ!」

と吐き捨てて、そのまま雑踏の中に消え去ってしまった。
あの方は、ああ見えて、頭はとてもしっかりしておられ、酒も呑まず、かれこれ三十年、路上で生活しておられる。しかし、ああは言っていても、行くあても無いであろうから、この界隈でまたしばしば出会うことになろう、…と支援団体の人がボヤく。

往々にして、何かの依存症でない人ほど、頭がしっかりしていて、自立できる傾向にあるような気がするが、どうなのだろう。

しかしこれは、路上で生活をする人々の、ほんの一例であって、実態としては様々な人がいらっしゃる。

私はこれを、「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」などといって納得するのは、野暮な気がする。一体、不幸ってのは何だよ、と。誰目線の幸せ基準か、と思うのである。

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