2013/01/16

零下三度で咲く桜

寒い日が続いている。
雪が積もったときは、利用者の各家々を、全て徒歩で回る。たかだか30分のケアのために、片道一時間以上かけて歩き、同じ道をまた歩いて帰っていくのである。
それでも、雪の日の交通手段は、徒歩がいちばん小回りがきくので、ベストだと思う。歩きながら横目で、他人への配慮に欠けたノーマルタイヤの車や、手押し原付で辛そうな人の姿を見ながら、どうしてこんなにも雪をナメている人が多いのかと、不思議でしかたがない。

雪かきをする地域の人々の姿も多く見かけた。
自分の家の前だけ雪かきをしてキレイになっているのもいやらしい、と思われるのがツラいのか、それとも案外雪かきが楽しくなってきて、ついつい隣近所の家の前の雪かきもやってしまうのだろうか。ん、地域力、地域力、と思いながら、てくてくと歩き続けたのである。

そうして家に帰って、零下三度でも満開の花を咲かせる、ありもしない桜の園の物語を読むのである。
チェーホフの『桜の園』のことである。最近「桜の宮」がニュースで騒がれているが、紛らわしい。
本の裏表紙には、 急変していく現実を理解せず華やかな昔の夢におぼれたため、先祖代々の土地を手放さざるを得なくなった、夕映えのごとく消えゆく貴族階級の哀愁を描いて、…云々 と、まるでどこかの国の現状のようだと、切にしみじみ感じ入る文言が記されている。

桜の園のようなブルジョアの土地は、スターリンの手によって、大盤振る舞いで民衆に「与えられた」。これが「ダーチャ(与えられたもの)」ということで、私もダーチャをくれるというなら、自民党を応援してやってもいいのに、などと思いながら、憧れのダーチャを引き寄せんがために、思いを馳せ、夜眠りに就くのである。

あなたのお祖父さんも、ひいお祖父さんも、もっと前の先祖も、みんな農奴制度の賛美者で、生きた魂を奴隷にしてしぼり上げていたんです。で、どうです、この庭の桜の一つ一つから、その葉の一枚一枚から、その幹の一本一本から、人間の眼があなたを見ていはしませんか、その声があなたには聞えませんか?…

生きた魂を、わが物顔にこき使っているうちに…それがあなたがたを皆、むかし生きていた人も、現在生きている人も、すっかり堕落させてしまって、あなたのお母さんも、あなたも、伯父さんも、自分の腹を痛めずに、他人のふところで、暮していることにはもう気がつかない、…あなた方が控室より先へは通さない連中の、ふところでね。…
(『桜の園』トロフィーモフの台詞より)




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