2012/10/29

方向を模索する

中学時代の友人のお母さんが、「好きなことを一生懸命やるのよ!」と言った、あの言葉が割りに私の行動の動機付けになっていたように、今になって思う。
熱意を感じることを、自分で育んで動いていくことほど、理にかなった生き方はない。

これまで何度となく、行くべき方向を見失い、彷徨うことがあった。
そんな時いつも、自分の中からぼんやりと見えてくるビジョンを、現実に描き出そうとすることだけが、唯一できる「正しい」選択だったように思う。

さて。
社会生活の中で、自分の立ち位置を決めなければならないのだが、一体、私がどのように人の役に立つのか、そんなことはわからない。
ただ、根が生真面目な性分なので、私ら夫婦には子は無いが、それでも次の世代のことを考えることは、義務だろうと感じる。そこを鼻息を荒げて掛け声ばかり大きく叫ぶより、日々の中で、次の世代への「気配り」を意識して生活することこそ、もしかしたら、私に可能な「役立ち」そのものかもしれない。

それで、最近どうしても頭の中から離れないのは「循環型社会」「自給自足」のビジョンである。次世代のみならず、社会的にも配慮すると、巡りめぐってこのビジョンになってしまうのである。
とはいえ、それが私の生活に確かに結びつくような、優れた情報を掴んで、リスクまでを弾き出しているわけではなく、まったく漠然としたものだ。

流れ流れて、現在住宅の多い都市に暮らしているが、ここの暮らしの中では、そのビジョンに結びつく手がかりは無い。かといって、夢の暮らしが現実に訪れるのを受け身で待ち望んでいるようでは、妄想で終わるので、そうしないためには、手探りで動きはじめて、その生活を創っていかなければならないわけだが。

それでさて、どうしよう。←いまココ

私ら夫婦が居着けそうなコミュニティとの出会いから、模索すべきだろうか。
それとも、無人島の八丈小島に流されて、サバイバルするか。(
ちなみに、八丈島と小島の間は潮が激しいので、小島へは容易に渡ることができない。間を繋いでくれるのは漁船ぐらいだろう。だから、一度小島に渡ってしまえば、もう小島からは基本的に出られないと覚悟を決めなければ。…

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