2012/10/10

“体育の日”

朝晩、急に冷えるようになった。そろそろ、毛布を出さないといけない。

毛布といえば。

ダンナに出会う前、まだ一人暮らしをしていた二十代の頃、部屋には自分用の赤い毛布の他にもう一枚、青い「男の人の毛布」というのを用意していた。
異性とつき合ったことは無かったが、もしもつき合うことになったら、その人は私の部屋に泊ることもあるのだろうと思って、一応用意していたのである。

ふつう、カップルはちちくりあって過ごすわけだから、二枚も毛布は要らんだろうと、小慣れた人ならすぐにそう思うところ、うぶで清純だった私のかわいらしかったことよ、「一枚でよかったのか!」と気づいたのは、ダンナとつき合いはじめて、「男の人の毛布」の出番がまったく無かったことで、そうだったのかと。

そうして現在、問題の「男の人の毛布」は、要らない毛布として、困っている難民に寄贈しようかと思ったりもしたが、ダンナがひざ掛けに使用している。
底冷えのする季節になると、「そろそろ、男の人の毛布が要るな」と言って、押入れから引っ張り出して使っている。

ふと思い出したのだが、今日は私が乙女でなくなって、13年目になる。
“体育の日”。そういえば、ソビエトで性交を表す言葉は「体育」だったらしいが、奇遇だ。
ふいに思い出したので、赤飯を炊くのを忘れていた。ふつうの夕飯を作ってしまった。

ふつうの夕飯を食べながら、私はダンナに「13年前の今日、お前のせいで私、乙女じゃなくなった…」と言うと、「処女じゃなくしてあげたの!オレはお前を助けてあげたの!」とダンナは反論するが、どっちの言い分が正しいだろうか。

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