2012/09/10

地獄を語らずして語りえない「日本」

ダンナも、この三月ほど、失業して無収入だ。
私は、安い日銭を得るために、日々、自転車を漕いで走り回っている。

まったく安定を欠いた暮らしの中で、できることをやるのに、精一杯の今日この頃。

死にそうか、といえば、もうあと既のところで、にじにじと危うさが迫りきている感。
そうなれば、できれば、心が荒みきる前に、死んでしまいたいものだ。

一生はすべてあべこべで
わたしのために墓穴を掘り終ったら
すこし位早くても
死ぬつもりである
(寺山修司「わたしのイソップ」より)

"自称詩人"を宣言したものだから、あらためて「詩とは何か」と、図書館に行き本を漁っていた。
マヤコフスキーの詩集を探したけれど、それは蔵書に無くて、寺山修司を何気に手にとって、パラパラと見て、彼もマヤコフスキーが好きだったのだなと知り、親しくなったような気がした。

そして、寺山修司に触れて、地獄を語らずして語りえない「日本」、と思う。

このまま収入が絶たれて、家賃も払えなくなったら、どうしようか。
とりあえず、ダンナの実家の島…は、「近所の目」があってどうしようもないから、実家の手前の御蔵島あたりに、テントを持ち込んで、ホームレス生活に入るか。小島だったら無人島だし、野生化したヤギがいるから、釣りしてヤギ食って、どうにかなるだろう。たまに傍を通る漁師に情けをかけてもらったりして。…

その漁師殺して、黒潮に流して。…

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